TX浅草駅A1出口を出て進むと浅草六区で、ここの五差路は斜め左手が浅草寺への近道になる参道、斜め右手が伝法院通り、仲見世通り経由で浅草寺になるので、斜め右手方向に進む。
浅草公園史跡めぐり、第6番札所、六区
昔、この地は浅草田圃であって浅草寺領西火除地(かよけち)であった。明治6年(1873)東京府に日本最初の5公園が設置され浅草寺も公園地の指定を受け浅草公園が誕生することになった。明治17年(1884)にいたり火除地田圃の埋立が完成、この造成地に浅草寺の裏手と西北にかけての一帯、奥山の諸出店、諸興行小屋を移転する計画が実施され「浅草公園第六区」と称した。
浅草公園六地区の区域は、1区が観音本堂のある境内の中心部、三社祭で有名な浅草神社は別区域であった。2区は仁王門(現在の宝蔵門)から雷門までの仲見世の両側と、その一帯である。3区は伝法院のあるところ。4区は観音本堂から興行街に通じる中間の林泉地。5区は奥山といわれていた浅草寺の裏手と西北にかけての一帯であった。六区とは浅草公園第6区の意味である。-
- - - 浅草公園町会建札より
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